カダフィ大佐の究極のバカ息子

カダフィ大佐の究極のバカ息子

カダフィ大佐の息子5男のハンニバルは、ヨーロッパではバカ息子代表の筆頭核として名前がのぼります。『ディクテーターで身元不明でニューヨーク』アラジーン将軍が、自分の気持ちひとつで『クビ』といってのけていますが、5男ハンニバルも独裁者の息子そのままに、イタリアやスイスで暴力事件を起こしては外交特権を使って逃げるという行動は、アラジーン将軍を上回るとんでもぶり。アラジーン将軍はあくまでも映画のキャラクターですが、カダフィ大佐の息子は実際にやりたい放題しているので独裁者のとんでもぶりが伺えます。ドラバカ息子のハンニバルもアラジーンのように、ポルシェが大好きで愛車はポルシェ、そこに愛犬を抱っこしています。愛犬はめちゃくちゃ可愛がっても、妻や使用人に対しては暴力ふるったりは当然のように行なっていたようです。

カダフィ大佐をもっと知ろう

カダフィ大佐はパフォーマンスが大好きです。革命を起して10年ぐらいは地味めな服装をしていましたが、1990年代から派手な民族衣装を着るようになりました。もちろんアラジーン将軍のようにど派手な軍服も着ております。カダフィ大佐を護衛するのは、カダフィ・ガールズと呼ばれる若い女性兵士がカダフィ大佐の周りを取り囲んでいます。カダフィ・ガールズの中に、野戦戦闘服にベレー帽だったり、アフリカ諸国の著名な指導者がプリントされたサファリルックだったりと、北朝鮮の指導者よりもかなり派手な服装です。スーツを着る場合は、まっ白の純白スーツ。目も覚めるぐらいの白いスーツ姿はアラジーン将軍そのものです。プーチンと一緒に並んで写真撮影する時も、プーチンはきっちりスーツにネクタイしていても、カダフィは民族衣装にサングラス。さすが・・独裁者であります。

贅沢三昧3な私生活

遊牧民出身をアピールするために、国際会議などに国外に行くときにはリビア大使館でテントを張って野営しますが、実は超豪華な暮らしをしていました。複数の豪華な豪邸に、専用ヨット。まさに独裁者そのままの暮らしです。アメリカに敵対していながらも、アメリカ人有名歌手に自分の家族のためにパフォーマンスをさせる。もちろんかなり高額のギャラを支払ったうえですが。

なんでも、マライア・キャリーは2008年の大晦日のパーティでカダフィ大佐の息子と国家アドバイザーなる前でパフォーマンスをして、100万ドルのギャラというので日本円にすると1億円!!!とんでもない価格ですが手にしたそうです。ビヨンセは2009年にカリブ海でショーをして、いくらかは判明していませんがかなりのすごい高額のギャラを手にしているそうです。ネリー・フォタード自分のTwitterで「2007年にイタリアのホテルで45分のショーとしてパフォーマンスを行い、カダフィー一族から100万ドルを受け取りました。そのお金を寄付するつもりです」と明らかにしていますが、45分で100万ドル支払う。それは贅沢三昧な私生活を行なっても、ぜんぜん懐は痛まないというわけですね。

息子をセリエAにねじこむ

さすが独裁者。サッカー好きの息子をセリエAにねじこんでいます。サッカー好きの息子のアッ=サーディー・アル=カッザーフィーを、カダフィ自ら所有するサッカークラブのアル=アリSC の選手にします。このあたりはいいでしょう。実質的なオーナーなので息子を入れるぐらいといった程度でもありますが、独裁者カダフィはそれだけではありません。自分の息子をリビア代表選手にもします。

よっぽど親バカなのか、カダフィはまだまだ息子のためにお金を湯水のように使います。イタリアのセリエAに高額な資金援助をおこなって、ペルージャやカルチョといった有名クラブに息子を所属させてしまいました。もちろん、カダフィ大佐の息子はいくらサッカーが好きで、有る程度は上手かもしれませんが、やはり絶対的な力量不足は否めないので、多額な資金援助でチームメンバーにしてもらえましたが、通産出場機会は2試合。プッと噴出してしまいそうになりますが、この試合にでるためにどれだけお金を使ったのか知りたくなります。お金の使いっぷりはこれだけではありません。サッカー強豪国のアルゼンチン代表を高額なギャラで招いて、リビア代表と親善試合までしたこともあります。

力量不足でもサッカーが大好きな息子のために、名門サッカークラブの「ユヴェントスFC」の株をリビアの国営公社に買い取らせて、なんとそこの役員に息子を就任させてしまいました。

この息子がらみで『反カダフィ!』と、サッカー観戦した観客が試合中に暴動を起こしたことがありますが、暴動が起きたキッカケも独裁者ならではの、ムチャ振りが目に余ったからです。行なわれていたサッカー試合では、サッカーの審判団がアッ=サーディーがオーナーを務めるサッカークラブに有利な判定を連発したためでした。アラジーン将軍のためのアラジーンオリンピックのようなこと状態であります。カダフィ家族に関係するチームだから、これは有利に試合を進めないと・・と思ったのでしょうね。

サッカー大好きな息子のアッ=サーディーは、日本にも来日したことがあります。2002年日韓ワールドカップを観戦するために来日しました。その時に、成田空港でボディガードが足止めをされてしまいますが、その時にボディガードが拳銃を所持していたため足止めされた模様です。

住まいは要塞のごとく

カダフィは一般的には、「指導者が豊かさを享受するのは、国民の後でよい」といったことを公言していましたが、実際には暗殺されることを回避するために1970年代頃から、「バアブ・アル=アズィースィーヤ」と呼ばれる対空機関砲を備えた重装備の要塞のような場所で居住して、さらにそこで執務していたとされています。

1986年4月にアメリカ軍によって空爆された時には、「バアブ・アル=アズィーズィーヤ」から掘られた地下トンネルで脱出したことが1990年に明らかにされました。リビア国内を移動するときには、豪華なベンツにカダフィが乗車しているように装いながら、後続の護衛車に乗っている場合が多かったそうです。これも豪華なベンツに乗っていると思わせて、暗殺されることを防ぐためだったと考えられます。

アラブの春の革命の波がリビアにもやってきて、結局反乱軍によってリビアは制圧されていますが、そこで見つかったのはまぎれもなく独裁者カダフィの豪華な暮らしぶりでした。そのときには、日本から輸入したと思われる回転ベッドまでもありました。その他にも高級外車はもちろんのこと、かなり贅沢三昧な暮らしを送っていました。それだけではなく、世界一の資産家とも思われる天文学的な隠し財産を持っていることも判明した。隠し財産で15兆円もあれば、それは有名歌手に100万ドルのギャラを払ってもそれは使えるな・・。というのが実感です。

ブラックユーモア炸裂!