スイスVSリビア

スイスVSリビア

アラジーン将軍の上をいく、とんでもない究極のバカ息子はカダフィ大佐の息子です。肩書きとしては、海運会社を経営するビジネスマンという肩書きのもと、もちろん豪華クルーザーを持ちプライベートジェット機を持つという肩書きは持っていても、仕事などしていないも同然のハンニバルです。バカ息子のハンニバルはポルシェと犬が大好きで、ヨーロッパで豪遊三昧をおくりヨーロッパでもバカ息子の筆頭として有名です。プライベートジェットで、ヨーロッパのあちこちへお出かけしてはリゾートで暮らす。シャンパンを飲みご馳走を食べ、バカ騒ぎどころか騒動まで起こしています。ハンニバルは使用人を殴る蹴るといった暴力を振るうのは当たり前。わがままやりたい放題のアラジーン将軍もビックリするほどの、やりたい放題のドラ息子で殴るのは使用人だけでなく、妻への暴力の日常茶飯事です。犬は可愛がるのに、妻や使用人暴力するという独裁者そのものの振る舞いです。

スイスとカダフィが揉めた理由

元はといえば、カダフィの息子が騒動を起こしたことが発端です。2008年12月に、スイスでカダフィの5男ハンニバルとその妻が婦女暴行容疑で一時拘束されるという事件が発生しました。ジュネーブで起こした暴力事件です。暴行事件は、ハンニバル夫婦の使用人が夫婦から暴行を受けたと訴え、ハンニバル夫婦は警察に逮捕されました。そして逮捕された写真は、世間に出回ることになりハンニバル夫婦は保釈金を支払って保釈されますが、カダフィ大佐は大激怒!!!

まさに息子かわいさ?でしょうか。自分と自分の家族以外は悪くない。アラジーン将軍のように、自分は悪くない。悪いのは拘束したスイスだ!!とばかりに、なんとカダフィは、スイスへ石油供給を停止する報復措置をとっただけではなく、スイスの銀行から預金をごっそり下ろし、リビアのスイス支店には閉鎖命令を出しただけではなく、さらにリビア滞在中だったスイス人ビジネスマン2人までも拘束しました。親バカにしても、やりすぎではないでしょうか?!カダフィ?!

究極のバカ息子

このバカ息子は、スイスで拘束されましたがスイス以外でもいろいろしでかしています。いろいろやらかしているからこそ、ヨーロッパで「ハンニバルは究極のバカ息子」だと知られているほどなのですが、パリではスピード違反事件を起こしてしまったり、スイスでは婦女暴行事件を起こして拘束されたりと、数々のトラブル三昧なことを起こしています。イギリスは、高級ホテルでボディーガードたちと宿泊していた際に部屋から女性の悲鳴が聞こえたため、ホテル側が警察に通報したため、ホテルに警察が到着するとハンニバルの妻(元下着モデル)が、顔から血まみれになっていたという騒ぎを起こしています。このときには妻は鼻の骨を折るという大怪我をしたようです。

スイスVSカダフィ

スイス人ビジネスマン2にもリビアで拘束されてしまい、当然ですがスイス政府はリビア交渉に乗り出します。そしてリビアとスイスは交渉の末、ハンス=ルドルフ・メルツ連邦大統領がリビアを訪問してカダフィに事実上謝罪しました。

これでスイス大統領がリビアまで飛び、カダフィに対して謝罪もしたので、これでビジネスマン2人は解放されてスイス政府専用機で大統領と一緒にリビアから帰国するだろうと思われていましたが、カダフィが相手・・・。スイス政府専用機のジェット機は、拘束されたビジネスマンは搭乗しておらず、ビジネスマン2人の荷物を乗せてスイスに戻ってきました。

カダフィ側の主張がこれまた嫌味のようなもので、「民間人が政府専用のジェットで飛ぶのはおかしい」というのがその理由。そのため、民間人を乗せて帰る予定だった、スイス政府専用ジェット機はビジネスマンなしで荷物のみで、トリポリを飛び発つしかなかったようです。大統領が謝罪したにも関わらず、リビアで拘束されたビジネスマンは結局解放すぐに解放されませんでした。もちろんスイス国内では大統領批判が起こります。わざわざそこまで謝る必要があるのか?!といったスイス国民は怒りまくり、大統領に対して辞任要求まで出そうな勢いでした。

解放するどころか、リビア側は拘束したビジネスマンスイス人を裁判にかける動きにまで出ました。スイスの次期大統領が、スイスの特殊部隊を派遣してリビアに拘束されているビジネスマンを救出するぞ~とちらつかせたため、カダフィ大佐はさらに意固地になりビジネスマンを別場所へ移送してしまいました。

国連にもムチャな提案をしていますが、その提案は「スイスを分割してしまおうではないか」といった提案をしたほどです。なんの悪くもないスイスビジネスマンは未だ解放されることなく、リビアに拘束されていたということもあって、スイス大統領は9月の国連総会の際にカダフィ大佐と会談してビジネスマンを早期に釈放するようにと働きかけをしていますが、「私の息子は侮辱を受けた」と言い、人質の解放を確約しませんでした。結局、スイス人の2人は紆余曲折の末にようやく、2009年11月9日に解放されて、スイス大使館に保護されました。

これで一段落したかとおもえば、リビア側はこの拘束したスイス人2人を裁判にかけました。裁判の結果は1人は無罪で、1人は有罪となり禁固4か月の判決となっています。なぜに禁固刑?とも思いますが、そこは独裁者。自分の決めたいように物事を運んでいきます。

これでスイスとリビアの揉め事は収束するかと思えば、今度はスイス側が一部のリビア人の入国を禁止する措置をとりました。これにカダフィ大佐はもちろん反発します。リビアが取ったのは、スイス人を含むヨーロッパ人(英国人は除く)の入国を禁止すると発表して、外交報復合戦に発展しました。

それから、EU各国がリビアとスイスとの間に入り、仲介する努力が行なわれて、リビアはスイス大使館が保護している無罪だった1人の国外退去は認ることになり、この1名をチュニジアに出国させたましたが、有罪判決となったもう1人の身柄引き渡しを求めて、リビア側はスイス大使館を武装警察隊が包囲する事態にまで発展しました。

スイスは国際外交法に違反する行為だとリビアを非難しました。ところが、このスイス人は自ら禁固刑に服すると表明して、スイス大使館を出たところでリビア警察に手錠を掛けられて、そのまま刑務所に連行されていきました。カダフィ大佐は演説の中で、スイスに対して「イスラム教のモスクを破壊する異教徒の国だ」とスイスへ「聖戦」を呼びかけることまでやりました。さらにリビアは、スイス製品の輸入を全面禁止といった報復がエスカレートしていました。

カダフィが聖戦を呼びかけたことについて、2010年2月にアメリカ合衆国のクローリー国務次官補が記者会見で、2009年にカダフィ大佐が延々と演説した国連演説での振る舞いをひきあいにだして「私の記憶では沢山の言葉と沢山の紙が飛び交ったが余り筋が通っていなかった」という発言をしましたが、またまたリビア側がアメリカ国務次官補の発言に反発して、公式謝罪がなければトリポリのアメリカ企業に対して何らかの措置に出る可能性があるぞ!!と警告しました。

スイスでのことがあるため、アメリカ側はリビアと外交問題に発展するかもしれない!という情勢になったため、発言者のアメリカ国務次官補は急きょ駐米リビア大使と会談したりとした事態の鎮静化に動きだして、「カダフィ大佐を中傷する意図はなかった。発言は米国の政策を反映したものではなく、私の発言が二国間関係のさらなる発展を妨げる障害になったことを遺憾に思う」と釈明して、事実上謝罪しました。それだけではなく、リビアとアメリカとの関係を話し合うために中東担当のフェルトマン国務次官補までも2010年3月にリビアを訪問しました。

まさにカダフィは、大人しくなったと思えばまだまだ中東の暴れん坊といういことを印象付ける出来事でした。

ブラックユーモア炸裂!