独裁者はサングラスが好き?

独裁者はサングラスが好き?

アラジーン将軍は、軍服姿にサングラスがお約束です。アラジーン将軍を演じるに当たって、イメージしたのはカダフィ大佐。カダフィ大佐も民族服にサングラスや、軍服姿にサングラスとサングラスは必須アイテムでした。金正日将軍も、金正日が賞賛される画像の数々でサングラスをかけている姿を良く見かけます。たとえばどこかの施設を査察する時にサングラス。という風にサングラスをかけている姿がいろいろあります。アメリカ大統領や日本の総理大臣にしても、ロシアのプーチンにしてもサングラス姿の映像はほとんどと言っても良いほどないので、独裁者だけに許されている公式の場でのサングラス姿かもしれません。

金正日将軍

アラジーン将軍は友人KJ(キム・ジョンイル)の遺灰に見立てた金色のツボを手に持ち、遺灰をまくパフォーマンスをしました。金正日はカダフィ大佐とは違い、民衆の反乱や革命などで命を落としていません。北朝鮮の市民にも北朝鮮の指導者の死が伝えられたのは、朝鮮中央テレビの特別放送で伝えられました。北朝鮮で「特別」という冠がついた特別放送は過去に3例しかありませんでした。1度目は1972年の南北共同声明を伝える放送、2度目は金日成国家主席死去を伝える放送、3度目は2000年の南北首脳会談の開催を伝える放送でした。2011年12月19日に、特別放送を行なうということが予告された時に、これは今回もかなり重大なことが報じられるのでは?!と予想されました。

カダフィと同じく69歳

金正日総書記が亡くなったのは、カダフィ大佐と同じく69歳です。北朝鮮の報道と、韓国メディアの報道は異なっていますが、69歳で亡くなっていることは間違いありません。

北朝鮮の国営メディアによると、2011年12月17日の午前8時半に、金正日が列車で平壌の郊外へ現地指導に向かう途中に死亡したとされています。そして翌日の18日に検視が行なわれて、金正日の死因が急性心筋梗塞だということが判明しています。急性心筋梗塞になった背景として、肉体的そして精神的に大きな負担がかかっていたことが挙げられています。

一方韓国では、北朝鮮の国営メディアの死因の説明について、疑問が呈されています。12月20日に大韓民国の国会で非公開で行われた情報委員会では、死亡したとされる12月17日午前8時半に、金正日が乗っていたされる列車が平壌市内にいたこと、そのため亡くなったのは17日の朝ではなく前日の夜に官邸で死去した可能性があることなどが国家情報院院長によって明かされています。

その後2012年12月に報じられた死因について、金正日は死亡直前に建設に力を注いでいた煕川水力発電所に深刻な漏水が発生したという報告に激高したため、この激高がそのまま死亡につながったのでは?!といった説が韓国メディアによって報じられているほか、その他には、十分な設備や技術を持った医師が存在しなかったことが死につながったという意見もあります。

金正日の遺体はどこに

金正日の遺体は12月20日に、金日成と同じ錦繍山太陽宮殿(当時の名称:錦繍山記念宮殿)に安置されました。金正日は、カーキ色の服を着せられており上からは赤い布を覆い被せられたほか、その周囲を赤白の花・キムジョンイルファ(金正日花)で飾られた状態で、ガラスの棺に入れられて公開されました。金正日の遺体が公開されたのは、死亡してから78時間半後のことでした。金正日の遺体は、錦繍山記念宮殿で永久保存されることが決定してしました。遺体を永久保存するために、ロシアから遺体保存の専門家チームが派遣されて、処置が行われることになりました。

12月20日に、金正日の後継者の金正恩が錦繍山記念宮殿を訪れて、亡き父親の遺体と対面したことが報じられました。これが金正恩の、父・金正日死去した後の初となる動静報道になりました。まさにこの報道で、息子の金正恩の序列が後継者として1位になったことが判明しました。

そして葬儀にあたって、12月19日に放送された特別放送の際に葬儀委員会のメンバー232人が発表されました。金正日の葬儀委員会の筆頭には、後継者と目されている三男の金正恩の名前がありました。葬儀委員会のメンバーには、金正日の実の妹金敬姫も14位に入っていましたが、党などの役職に特に就いていない金正日の長男金正男や、二男の金正哲は含まれていませんでした。

ここに、北朝鮮では独裁者ディクテーターとして、金日成⇒金正日⇒金正恩と独裁者のバトンが引き継がれることになりました。金正恩も独裁者らしく、父親のかけていたサングラスとは違ったサングラス姿をお披露目しています。北朝鮮では、独裁者の金正恩はディクテーターとしてだけではなく、ファッションリーダー的な役割も兼ね備えているようです。

ブラックユーモア炸裂!