カダフィ大佐の最期

カダフィ大佐の最期

ディクテーター独裁者としてのカダフィ大佐の人生の幕はどのようにして下りたのでしょうか?!2010年のチュニジアで始まった暴動が「ジャスミン革命」になりアラブ世界へと広がっていきました。それは「アラブの春」と呼ばれて、リビアにも影響を与える大きなうねりとなりました。2011年2月15日に発生した革命最高指導者の通称カダフィ大佐に対する反政府運動は、2011年にリビア内戦へと発展していきます。そしてその半年後8月23日に反カダフィ勢力のリビア国民評議会によって首都トリポリが陥落しました。

カダフィ大佐の死亡

リビアの首都トリポリが陥落して、カダフィ大佐は潜伏しました。そして反カダフィ勢力に徹底抗戦する姿勢を示しました。一方で、国民評議会は9月9日という期限を投降期限としました。その登校期限を過ぎても戦闘は続いていきました。そしてカダフィ大佐はついに10月20日に自身の出身地シルトで殺害され、リビアでの内戦は事実上終結することになりました。カダフィ大佐の死は、リビアでの大きくそして重要な転換点となりました。

死亡までの推移

2011年10月20日午前8時に、リビア国民評議会がカダフィ側の勢力最後の拠点となったシルトに攻撃を開始しました。この戦闘は約1時間半で終了して、シルトは国民評議会によって制圧されることになりました。その際に、カダフィ大佐は2か月間に渡ってシルトに潜伏していました。そして南アフリカ人などで構成された護衛が乗った数十台の車列を組んでシルトからの逃亡を試みましたが、フランス軍戦闘機やアメリカ軍の無人攻撃機により空爆を受けています。

空爆を受けたため、カダフィ大佐の乗った車は車列を離れましたが反カダフィ勢力により身柄を拘束されることになりました。カダフィ大佐は拘束された際に、黄金製の拳銃2丁と自動小銃を持っていて、衣類はカーキ色の制服を着用していました。そして頭にはターバンを巻いている姿でした。

拘束された時点では、まだ生きていましたが、その後に負傷し死亡しています。カダフィ大佐は69歳で亡くなりました。そしてカダフィ大佐の亡くなった姿は21世紀に起きた革命まさしく、ユーチューブにアップされたほか、、アルジャジーラなどでも放送されています。その映像は、血まみれになっているカダフィ大佐だと思われる人物は頭部からかなりの量の出血している姿になっています。携帯電話でも映像が撮影されていますが、カダフィ大佐は上半身を裸にされて、車で引き回されているカダフィだと思われる人物の映像が残されています。

10月20日にマフムード・ジブリール暫定首相によって、検視の結果が発表されましたが、発表ではカダフィは頭に銃撃を受けて死亡したことが確認されたとしたないようになっています。またカダフィ大佐の血液を採取してDNA鑑定を実施した結果、その遺体がカダフィその本人だということも確認したとも述べています。

同日にリビア国民評議会のアブドルハーフェズ・ホガ副議長がカダフィを拘束・殺害したと発表した際には、トリポリやミスラタでは群衆が歓喜の声をあげて祝砲が鳴らされついに独裁者ディクテータームアンマル・アル=カッザーフィーの一生は終わりとなりました。

カダフィの最期の言葉

カダフィが拘束された時の発言として伝えられているのは「撃つな」、「何だ、何が起きているんだ」といったとされています。そして反カダフィ勢力の兵士に囲まれた際に「息子たちよ、殺さないでくれ」と、命乞いしたとも伝えられています。その他にも「お前らは罪を犯している」とか「恥を知れ」、「恥知らずどもめ!こんなことが許されるのか!アラーが許さない!」とも発言したといったことが報道されています。

遺体安置場所

カダフィが亡くなった直後に、カダフィの遺体について「すぐさま埋葬するか」「しばらく冷凍保存するか」「埋葬するとしたら、どこに埋葬をするか」という点で議論が巻き起こりました。

イスラム教の戒律では、亡くなってから死後24時間以内に埋葬しなければならないことが決まっていますが、カダフィの遺体を埋葬するにあたって、反カダフィ勢力内でも対立があっただけではなく、すぐに埋葬しないで一般人がカダフィの死を確認できるように数日間は冷凍保存すべきではないかといった意見もありました。

遺体を埋葬したとしても、カダフィ支持派の聖地にならないようにするためにも、カダフィの埋葬先を極秘にする必要があったため、数日間をかけて埋葬場所を選定することになったため、カダフィの埋葬の日がずれ込みました。

カダフィが亡くなった翌日の10月21日から24日にかけて、カダフィの遺体がミスラタにあるショッピングセンターの冷蔵室に安置されて、遺体は市民に公開されました。この遺体の一般公開には多数の市民が訪れて、遺体を前にして歓声が上がる場面もありました。

一般公開を終えた後に、カダフィの遺体は一緒に亡くなった四男アル=ムアタシム=ビッラーフ・アル=カッザーフィーと共に、砂漠地帯に秘密裏に埋葬されています。カダフィの遺族やカダフィの出身部族は、カダフィの出身地シルトに埋葬するよう希望していましたが、カダフィがどこに埋葬されたのかは知らされていません。

ブラックユーモア炸裂!