カダフィ大佐の対外政策

カダフィ大佐の対外政策

バカ息子とその妻が使用人に傷害を負わせたため、逮捕されてしまった息子と息子嫁のために親バカ過ぎてスイスを相手にケンカをしたカダフィ大佐は、あきれるばかりの嫌がらせをやっています。リビア政府とカダフィ夫妻が、ジュネーブ州を相手に民事訴訟を起こしたり、リビア政府がスイスの銀行口座からほとんどの預金を引き出したり・・まさに独裁『ディクテーター』ならではの、振る舞いぶりです。ディクテーター独裁者は国家を自分のいかようにでも出来てしまえるのが、恐ろしいことでもある証明です。

リビアと国際関係

息子の逮捕で、なんの関係もないスイス人ビジネスマンを約2年に渡って拘束したとは・・国際関係を考えているとは思えない行動をとったカダフィ大佐です。スイス側が拘束されたビジネスマンを釈放するようにリビア&カダフィ大佐に当然ですが働きかけをしましたが、ビジネスマンの釈放にはヨーロッパ各国からの協力も要しました。そして2年間という長い時間もかかりました。では、カダフィ大佐とアメリカが長い期間に渡って険悪な関係だったことは知られていますが、他の国などはどうだったのでしょうか。

日本

カダフィ大佐が日本のラブホテルで使われているのと同じ、回転式ベッドを日本から輸入して使っていることが分かりました。それは1986年にレーガン政権のときに、アメリカ軍機によってトリポリの住居を爆撃された時に、カダフィ大佐は難を逃れていますが、アメリカ政府の非人道的な空爆をアピールするために、各国の報道陣に爆撃現場を公開しました。その時に、まさか回転ベッドがあるなんてと、カダフィ大佐が輸入していたことが判明しました。

1973年7月のドバイ日航機ハイジャック事件の際に、リビアのベンガジにあるベニナ空港にハイジャック機が降りたちました。そこで、犯人グループ(日本赤軍とパレスチナ解放人民戦線(PFLP)の混成)は投降して人質を解放しました。このときにカダフィ大佐は投降した犯人グループが第三国に出国することを黙認しました。

阪神・淡路大震災が発生した際に、カダフィ大佐が出した声明は「経済力で悪魔(アメリカ)に奉仕してきた日本人に天罰がくだった」とした声明を国営ジャマーヒリーヤ通信を通じて声明を出しています。当然、日本の外務省から「国際常識にもとる発言」だと、ただちに抗議していますが、カダフィには馬耳東風だったのでは、と思います。

リビアの公式サイトで使用されているカダフィ大佐の背後に世界地図がありますが、その画像には日本列島がありません。日本のほか、イギリスなどいくつかの国が省略されています。おそらく、気に入らない国は載せないという、まるで子供のようですがこれこそ、”ディクテーター”を象徴することでもあります。

2009年12月15日に、明治大学軍縮平和研究所が主催する衛星回線を使った対話集会にカダフィ大佐は参加しており、講演を行いました。その後に、大学生たちの質疑応答に参加して、質問にも答えています。

カダフィ大佐が語る日本について、「私はこれまで日本人を困らせたくないので、話すことを避けてきた」「欧米諸国と違って、日本はアフリカ大陸で植民地政策や侵略行為をしなかった」「国連で日本はアメリカに追随してばかり。もっと自由な意思を持たないといけない」「広島と長崎に原爆を落としたアメリカ軍の駐留を認めているのは悲しいことだ。あなたたちの祖父などを殺した国となぜ仲良くなれるのか」「日本はアジアの近隣諸国との友好、信頼関係を重視すべきだ」などと語っています。

またオバマアメリカ大統領については、イラク戦争の幕引きに乗り出したことなどを念頭にして「前大統領(ブッシュ)の政策を継承する大統領ではない」と指摘しています。またアフガニスタンへのアメリカ軍増派についても「総撤退する前に兵力を増強して威力を示すのは軍事戦略上の常識だ」と発言しています。その一方で、中国については「アフリカ大陸の人々を追い出そうとしている」と語っていますが「アフリカの石油を守ると言って、軍隊を送り込む欧米と比べれば中国は悪くない」と述べたり、昔に比べれば暴れん坊的なムチャな発言に比べると、かなり穏やかに聞こえますがカダフィ大佐の弁舌は健在でした。

アメリカ

1976年にニューズウィーク誌が「CIAがアラブ各国とともにいかなる手段を使ってでもカッザーフィー議長を打倒することで合意した」と報道しました。アメリカはこの時期から強硬派のカダフィ大佐を警戒していていることが分かります。

1986年4月に、トリポリの住居をアメリカ軍から空爆を受けていますが、その際に「ベトナム戦争のビデオを見ていた」と当時語っています。ちなみにこの空爆では間一髪で、アメリカからの爆撃を逃れたとされていますが、3年後の1989年になって当時のマルタ政府(地中海のミニ国家)が、空爆情報をアメリカ軍が空爆することを事前にリビア側に伝えていたとされていましたが、のちにイタリア政府も事前に伝えていたことが明らかになりました。

この空爆が起きてからカダフィ大佐はしばらくの間、公式の場に姿をみせなかったため、カダフィ死亡説も流れましたが、空爆から数日後に、国営テレビでを通じてアメリカを厳しく非難する演説を行って、カダフィ大佐の健在を誇示しました。この演説の時にはアフリカの地図をバックにして、リビア海軍の軍服姿で演説を行いました。。カダフィ大佐は陸軍軍人ですが、どうしてこのときは海軍の軍服姿だったのかどうかは、不明になっています。

空爆の翌年1987年に、シリア大統領のハーフィズ・アル=アサドと会談した際には、アメリカを激しく非難しています。そして再びアメリカとリビアとの関係が緊迫した状況になりました。2004年6月に、アメリカ合衆国第40代大統領のロナルド・レーガンが死去した際に、国営通信を通じて「レーガンが、1986年に行ったリビアの子供たちに対する醜悪な犯罪について、裁判で釈明せずに死去したことを非常に憂慮する」という声明を出していますた。

1992年8月31日に、自身のクーデターでの政権掌握23周年を記念してテレビ演説をしました。その時に「アメリカの民主党はユダヤ人の支持する大きな組織だ」として、カダフィ大佐は共和党への支持を表明しています。そのため、これまでのリビアの外交政策を転換して欧米諸国との関係改善に意欲を示したため注目を集めました。

イタリア

2009年6月にカダフィ大佐は、イタリアを初訪問しています。その際には、黒い陸軍軍服姿で空港に降り立ったカダフィ大佐は「昨年イタリアが、我々に謝罪したため、私はここに来た」と語って、カダフィ大佐の胸には、かつてイタリア軍によって絞首刑にされた反植民地闘争の英雄のオマル・ムフタールの写真をつけていました。

まるでケンカを売ってるとも思われるような姿で、イタリア初訪問は友好訪問で訪れているはずなのに、反植民地闘争の英雄の写真をつけたようなことをする首脳は極めて異例で、国際常識では考えられないことになっています。カダフィ大佐はイタリア訪問中に、ローマ大学で行なう予定の講演に。2時間近く遅れているため、関係者たちを激怒させたあげく、下院議長のジャンフランコ・フィーニ氏とも会談予定が入っていましたが、会談予定の開始時間から2時間たってもカダフィ大佐は現れず、議長は「遅刻の理由の説明もないままだ」として会談をキャンセルしました。ちなみに、その後に予定されていた国会議員たちとの会合も取り止めにしたといったカダフィ大佐のわがまま&ディクテーターぶりを発揮しています。カダフィ大佐の場合、普通では考えられませんが遅刻であったり、突然の会談キャンセルはリビア国内でも日常茶飯事のことです。カダフィ大佐が参加した女性団体での会合で「アラブでは女性がこれまで家具のように扱われてきた」と述べており、アラブ諸国での女性の地位・権利向上に理解を示しています。

旧ソ連

1974年にカダフィ大佐がソビエト連邦を初めて訪問しましたが、このときのカダフィ大佐のソビエト連邦訪問は、友好親善訪問だったにもかかわらずレオニード・ブレジネフとの会談の際に、ソ連の対外政策を厳しく批判したため、ソ連指導部の表情を曇らせています。

トルコ

1996年にトルコの首相が、リビアを友好訪問しました。その時にカダフィ大佐は、トルコの首相に対してトルコがイスラエルやアメリカと友好関係にあることなどを厳しく非難しています。

フランス

1984年に、カダフィ大佐は地中海のクレタ島でフランス大統領のフランソワ・ミッテランと会談していますが、このミッテラン大統領との会談は、1973年にカダフィ大佐がフランスを訪問してから実に11年ぶりの会談となりました。そして1984年にミッテラン大統領と会談して以降、ずっとカダフィ大佐とフランス大統領との会談は実現してませんが、1984年の会談の次に会談したのはサルコジ大統領の時です。

2007年に、ニコラ・サルコジ大統領がリビアを訪問してフランス大統領との会談が実現しました。その後、同年の2007年に今度はカダフィ大佐がフランスを34年ぶりに訪問したときには、ルーブル美術館訪問をするために交通をすべてストップするほどの歓待ぶりでした。カダフィ大佐がフランス訪問をする前から、フランス国民や野党から「独裁者をフランス訪問を認めるとは!」と大いに非難を浴びることになりました。サルコジとカダフィ大佐の会談では、サルコジ大統領が会談した後の記者会見で「大佐に人権改善を要請した」と話しましたが、カダフィ大佐は「そのような話はなかった」と発言したりといって、マスコミに大いに話題をまきました。その後、フランスの司法当局は、サルコジ大統領が2007年のフランス大統領選挙のときに、カダフィ側から資金提供を50億円もの資金援助を受けた疑いがあるとして、大統領から退任した後に捜査が行なわれています。

ブラックユーモア炸裂!
無料・格安海外ボランティア宣言!将来的には格安で国際ボランティアツアー、海外ボランティアツアーNo.1を目指します!ウユニ塩湖ツアー!旅仲間募集中!若者125名で海外旅行/海外ボランティア/ダイビングが気になったらサイトをチェック!